2009年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

最近のトラックバック

フォト

オンライン状態

無料ブログはココログ

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月

2009年3月31日 (火)

人づくりモノづくり

NO-206

存在力 (27)

自分は何者か答えてみよう (14)

生まれ変わりはあるという証明 ②

英語が上手な4歳のヒロ君は、お母さんが教えたこともないアメリカという国を口にし、そこに住んでいたから・・・・と英語が上手な理由を説明しました。

両親はアメリカを口にしたことに驚いたのですが、、日頃から子供の話は素直に聴こうと約束していたので、そのまま受け入れました。

数か月を経過して、もう一度アメリカのことを聞いてみました。前と同じことを言って、さらに驚くことを付け加えたのです。

「ボクアメリカに住んでいて、とても楽しかったの、だからもう一度生きようと思ったの」と4歳の子供が生きようと思ったの、という言葉に両親は驚いたのです。

「誰かが日本に行きなさいと、言われて飛んで行ったの」「誰が言ったの」「わかんない、でも日本に行きなさい、と言われて飛んで行ったら、お母さんのお腹の中にいたんだよ」

私たち夫婦は子供に、生きることの意味を教わり、毎日身の回りで起きていることを、何でも楽しみながら生きるべきだという、人生のヒントをもらったと言っています。

2009年3月30日 (月)

人づくりモノづくり

NO-205

存在力 (26)

自分が何者か答えてみよう(13)

生まれ変わりはあるという証明 ①

生まれ変わりは有るとか無いという 議論に対して、有ると言うことを、仏教でなく科学的に研究している飯田先生の本の、プロローグで、紹介します。

4歳のヒロ君は、東京都で大手の電気メーカーに勤める父と、専業主婦の母と三人で暮らしていました。

ヒロ君は英語が得意で、NHK教育テレビの番組「英語であそぼ」のお姉さんの英語をスラスラと覚えるのです。

ある時お母さんが、「ヒロ君は英語が上手ね」と話しかけると、当然のように「ウン、ボク、昔アメリカで住んでいたからーーー」答えたのです。

両親は教えたこともないアメリカと言う言葉が出て大変驚いたのです。

2009年3月29日 (日)

人づくりモノづくり

NO-204

存在力 (25)

自分は何者か答えてみよう (12)

自分が計画して生まれてきた人生 ⑧

今日は自分が何者か、を考えるまとめにしたいと思います。

「自分は何者か」「なぜ生きているのか」「何をなすべきか」の問題意識と回答を持っていることが必要です。

「死後の生命」と「生まれ変わり」を信じてみると、問題意識が明確になってきます。「死後の生命」を述べてみます。死後の生命は仏教と科学の両面で追及されています。

仏教では、死後を「中道」と言います。死ねば行くと言われる「あの世」は九門分別と言って九つの立場から死後の生き物を説明しています。

「生まれ変わり」は仏教では「輪廻転生」といって、死ねば必ず生まれ変わると言っています。

科学的には、次項で説明しますが、あの世から生まれ変わった少年の実話があります。

これらの話は深く入らなければ、理解していただけるものでない難しいものです。やはり信じてみようとする気持ちがない限り、前にはすすめません。

2009年3月28日 (土)

人づくりモノづくり

NO-204

存在力 (24)

自分が何者か答えてみよう (11)

自分が計画して生まれてきた人生 ⑦

私は宗教の信者ではありません。仏教、キリスト教、ヒンズー教、神様など、どの宗教にも属していません。家は浄土真宗なので、正月や両親の命日などには、仏壇に手を合わせる程度です。

宗教の信者には、不謹慎だと叱られるかもしれませんが、宗教は深く信仰して悟りの状態に入らなければいけないものだ、とも思っていません。
深く入りすぎて他の宗教と戦争になることは、宗教を学んでいるとは、私には言えないのです。

私は宗教の教えの中で、自分の思想(価値観や思考)を高めることに役立てば、それでいいと思っています。

「あの世」などあるものか、「生まれ変わり」などあるものか、と言っていても自分の人生に何らプラスになりません。

「あの世」や「生まれ変わり」はあると仮定して、今いきていることの支えとして、自分の思想が高まれば十分と思っています。

2009年3月27日 (金)

人づくりモノづくり

NO-202

存在力 (23)

自分は何者なのか答えてみよう (10)

自分で計画して生まれてきた人生 ⑥

「生きがい」や「幸せ」の意味を、根本的に考え直すために「死後の世界」や「生まれ変わり」が事実だと仮定して認めれば、日常の小さな不満は無意味で、何の価値もなくなるからです。

このように言われる飯田さんの考えに、私も同意して「死後の世界」や「生まれ変わり」を認めてみようとしたのです。

私も幾らかの仏教の本やテープ、そして講演で「あの世の世界」や「生まれ変わり」のことを知りました。

しかし、いくら勉強しても、迷いや疑問ばかりが残って困っていました。飯田さんの本は、仏教でなく科学的に解明しようとしておられます。

それで私も「死後の世界」や「生まれ変わり」が事実だと仮定したのですが、随分肩の荷が下りた感じになり、日常生活が楽になったのです。

「聞く力」で述べたように、人の話は素直に聴かなければなりません。それで私も飯田さんの話を否定したり、批判しないで、素直に聴いてみた訳です。

 

2009年3月26日 (木)

人づくりモノづくり

NO-201

存在力 (22)

自分が何者か答えてみよう (9)

自分で計画して生まれてきた人生 ⑤

よく話題になるのは、死ねばどのようになるのだろうか、とか生まれ変わりはあるのだろうか、と言うことです。

この問題を研究している飯田先生は「死後の生命」や「生まれ変わり」の存在を、証明することが目的ではありません。と前置きして次のように言っておられます。

「死後の生命」や「生まれ変わり」は、否定する人がいる限り、どのような方法を用いても証明することは不可能です。

飯田さんが問いかけておられるのは、「死後の生命」や「生まれ変わり」を認めるとすれば、私たちの生き方が、どのように変わっていくだろうか、と言うことです。

決して「認めなさい」とは言っておられないのです。もし「認める」とした場合の人間のいきかたを「生きがいの創造」という本で、たくさんの実例をあげて説明されておられます。

次回からこの本の内容を少し書いてみたいと思います。

2009年3月25日 (水)

人づくりモノづくり

NO-200

二百回記念日「人づくり・モノづくり」

今日はこのブログの200回の節目の日です。

私の人生のテーマである「人づくり・モノづくり」で仕事をして、50余年で現在73歳になりますが、まだ現役で経営コンサルタントの仕事をしています。

仕事はモノづくりのシステムをつくることが専門ですが、そのモノづくりの過程で大きな壁がありますが、それは人です。

人がモノづくりに大きく影響します。そのため壁を全て取り除くことが出来なくても、せめて厚い壁を薄く出来ないものか、と抵抗し挑戦しています。

その一つとして、昨年の4月に、文芸社から「総合力があなたを変える」という本を出版しました。5冊目の本ですが、今まで「モノづくり」を主体にしたものでしたが、今回は「人づくり」を主体にしました。

ブログは、この本の内容を70%と、本に書けなかったこと、その後に新しく得たことを30%加えて書いています。

本の内容は、日常生活で必要であるのに、最近薄れてきている「挨拶」「後始末」について書いています。
次に会社や学校で必要な「書く」「聴く」「話す」「読む」について、私の50余年の会社生活の経験を具体的に書いています。
その次は人間として大切なことの「自分の存在」「生き方」「自己実現」を書いています。

読んで頂いた人から、具体的で読みやすく、一気に読んだとか、成人になった子どもにも読ませた、という感想をいただいております。有名人が名前で売るとか、テレビなどマスコミを利用できる人は、大きな力で販売できます。しかし私のように、奈良県の橿原市の田中と言う人間が、このような、本を出版したことは、一般の人は誰も知らないのですから、売れる訳がありません。

ぜひ購読していただきたいと願っています。

このブログの人づくりは、400回くらい続けて、次にモノづくりに入りたいと思っています。今後も引き続きよろしくお願いします。

2009年3月24日 (火)

人づくりモノづくり

NO-199

存在力 (21)

自分が何者か答えてみよう (8)

自分が計画して生れてきた人生 ④

良く話題になる「死後の生命」や「生まれ変わり」の問題があります。そんなものがあるものかと、言う人は多いと思います。

この問題を否定する人がいる限り、どのような方法を用いても、これを説明し証明することは不可能でしょう。

そこで視点を変えて、「死後の生命」や「生まれ変わり」の問題を、現在生きていくうえで、もっと良いことに役立てることは出来ないものか、と考えてみましょう。

この問題を研究している飯田史彦さんの考えを、素直に聴いてみることは、大変意味があることだと思います。

飯田さんは「生きがいの創造」という本の中で、「死後の生命」や「生まれ変わり」があると、認めてみるとすれば、私たちの生き方がどのように変わっていくだろうか、と言うことです。

決して「認めなさい」とは言っておられないのです。明日は私のブログも200回の節目を迎えますので、この問題を説明したいと思います。

2009年3月23日 (月)

人づくりモノづくり

NO-198

存時自在力 (20)

自分が何者かを答えてみよう(7)

自分が計画して生まれてきた人生 ③

昨日紹介した私の従妹は、私と同じ73歳で全盲の身でありながら、一人で生活し、現役で働いた収入で、現在94歳の母親の全ての生活費を支払っています。

そのような人生を、自分で計画して生まれてきたので、辛い境遇であるのにいつも明るく元気に、自分が計画した人生を精一杯生きています。

今度生まれ変わるときは、幸せな人生を計画して生まれて欲しいと願っています。

親の面倒をみるという人は、日本人48%、中国人84%ですが、私の従妹のように、70歳を超え目が不自由でも、94歳の母親の面倒を見ています。

一昨日も老人ホームの火災で、老人が9名焼死していますが、身元の家族は縁を切っているので、関係がないようなことを言っています。

なんとも悲しく淋しいことではないでしょうか。

2009年3月22日 (日)

人づくりモノづくり

NO-197

存在力 (19)

自分が何者かを答えてみよう (6)

自分が計画して生まれてきた人生 ②

この世の中には色々な立場の人がいます。

幸せに人生を送っている人も、いろいろな幸せがあります。金銭的に裕福な人、健康的に恵まれ幸せな人、家族に恵まれ毎日が明るく人生を送っている人もいます。

不幸な人も幸せな人と裏腹で不幸な人もいます。それらのあらゆる立場の人であっても、それは自分がそのような人生を、自分で計画して生まれてきたのです。

私の従妹は私と同じ73歳です。3歳の時に失明し、全く目がみえません。8歳の時から琴の道に入り、現在でも大師範として現役の演奏家です。

この失明も彼女が、あの世にいる時に、このような人生を送るという計画をして生まれてきたのです。

10余年前に、当時85歳の母親の面倒が見れなくなって、自分が働いて蓄えた大半を資金にして、立派な養護施設に入居させて、毎月の生活費も送っています。

そして自分は見えない目で演奏家として働き、身障者補助を受けて、一人で生活しています。健康な私でさえ体が衰えて来ているのに、73歳で目が見えない一人での生活は、どれほど不便で不安かと案ずるのですが、当人はいつも明るく元気です。

彼女は自分が計画した人生を、精一杯生きているのです。

2009年3月21日 (土)

人づくりモノづくり

NO-196

存在力 (18)

自分が何者なのか答えてみよう(5)

自分が計画して生まれてきた人生 ①

自分が、どのような意思を持って生まれてきたのでしょうか。

あの世にいる時に、今度生まれ変わる時には、このような人生を送りたい、という計画を自分が立てて生まれてくるのだそうです。

現在がどのようなひどい環境下にあっても、誰に文句を言うことはできません。すべて自分の責任で、そのような人生を、自分で計画して生まれたのであるということです。

現在がどのようなひどい環境下であっても「ありがたい」「嬉しい」「さあ、やるぞ」と応えなければならないのです。

それは自分が立てた計画だからなのです。

2009年3月20日 (金)

人づくりモノづくり

NO-195

存在力 (17)

自分は何者なのか答えてみよう (4)

恐怖や混乱に対して、安全でありたい。そのために行ったことのないところには行きたくない。

したことのないことはしたくない、と言う気持ちが働きます。これは、マズローの人間の欲求5段階の一番下から2番目の「安全安定の欲求」なのです。

そのような低い欲求に浸っている自分を知ろうとしていないのか、逃げている自分ではないの化と言うことです。

自分は現在○○ということに価値観を持って、□□と言う思考で、自分の思想を高めるために、「自己実現している人間だ」、と答えられなければなりません。

高い価値観を持って高い思考で、自分の思想を高めることが、自分の存在力を強めるのです。

2009年3月19日 (木)

人づくりモノづくり

NO-194

存在力 (16)

自分は何者なのか答えてみよう (3)

自分とは何か、をもっと身近に考えてみましょう。

人間は毎日が忙しい、忙しいと言って、本当の自分と言うものについて、知る努力をしていのです。

アブラハム・マズローと言う、アメリカの心理学者が提唱している、人間の欲求は五段階に大別されるということです。

五段階の最も高い欲求である「自己実現」に向かって、現在の自分はj何段階の位置にあるのかを知ろうとしていないのです。

最も低い欲求である「食べたい、眠りたい、セックスしたい」という生理的な、動物的な欲求だけで生きている自分ではないのか、ということを知ろうとしていないということです。

あなたは何段階に位置しているのでしょうか?

2009年3月18日 (水)

人づくりモノづくり

NO-193

存在力 (15)

自分は何者なのか答えてみよう (2)

物理的には「私」という存在は、色(シキ)となり、その波動は空(クウ)と同じになってしまうのです。

波動は電波のように宇宙を飛び回っていますので、「私」も宇宙を飛んでいることになります。

宇宙全体は素粒子からできて原子を作り、「物」を作り「私」をつくっているので、「私」は宇宙と同じであるわけです。

私とは何か、ということの原点は、あまりにも遠い世界のために、訳の分からない存在になってしまいました。

中山正和さんの著書では、私とはそのようなものである、と説明されています。

この著書は、仏の世界と物理の世界で人間や人生や宇宙を見ておられ、人生の問題や悩みを解くことに役立つものです。

自分と言うものの存在を日頃考えることもないのですが、こうして考えると、自分が何者かを考える機会になると思います。

2009年3月17日 (火)

人づくりモノづくり

NO-192

存在力 (14)

自分は何者なのか考えてみよう (1)

自分という人間の原点を考える機会は少ないものです。この機会に自分と言うものを振り返ってみたいと思います。

父母からさらにその父母へと順にさかのぼっていけば、私たち人間の間接親は想像がつかないほど多く居ることは先日述べました。

自分の原点を考えると、サルかもしれない、アメーバかもしれないのに、アメリカ人だ、イラク人だ、北朝鮮人だと言って争いをしていることが、無意味になってしまうように思います。

自分の原点を知れば、イラク人同士が宗教の違いで争ってみたり、同じ民族なのに、韓国と北朝鮮のように、手を取り合えない言うことは悲しいことだと思います。

どの民族も原点は同じだとすれば、もっとお互いを理解できるでしょう。

2009年3月16日 (月)

人づくりモノづくり

NO-190

存在力 (12)

無意識に使うエネルギーを自覚しよう

昨日の私のブログの中の写真のように、水道施設の遅れているミヤンマーでは、村外れの遠い道のりを、池まで水汲みに女性が行きました。

水は間接的にも大きな役割を果たしています。

動物や植物を育成するために、使用される水を間接水と言います。間接水の量は、国内で使用されている生活、農業、工業の用水の90%に相当するとのことです。

日本の食糧自給率は40%程度ですから、60%は輸入しているのです。その輸入品に使われた間接水は、大変な量になります。

例えば、食肉用に育てられた牛の肉1トンに使われる、餌の植物を育てるために使用された水の量は、数百トンにも達するということです。

1トンの牛肉のために、輸入先の国の水を数百トンも日本は使用していることになります。その植物が食肉と化して、日本人は食べているのです。

もっと水を大切に扱いたいものです。

2009年3月15日 (日)

人づくりモノづくり

NO-190

存在力 (12)

無意識に使うエネルギーを自覚しよう (4)

私は外国で暮らす機会が多かったのです。

アメリカでは、私が住んでいたシカゴに近い地域では、わずか一滴の水でも、翌朝水分が蒸発した後には薄い膜ができるほど、大量の石灰が含有していました。

中国では、生水を飲むと必ずお腹を壊してしまいます。川の水も色がついていて、日本の川の水と随分違っていました。

タイでは、屋根からの雨水を樋で受けて、大きなカメに溜めて、水浴やトイレ、洗濯などの生活水にしています。

ミヤンマーでは、女性が村外れの池まで遠い道のりを、天秤棒の両端に桶をつけて汲みに行きます。

私が見た池は干ばつで水面が下がり、底から一メートル程度になり、水面には藻が一杯に広がっていました。写真を参考にしてください。

PhotoPhoto_2

2009年3月14日 (土)

人づくりモノづくり

NO-189

存在力 (11)

無意識に使うエネルギーを自覚しよう (3)

世界の水は深刻な問題です。現在中国の上海では、水不足で困っています。中国のように人口が多い国では、他の国よりも問題が深刻です。

日本でのみ生活された人は、あまりにも水に恵まれた日本なので、水があって当然のように思われるでしょうが、外国生活が長かった私には、水がどれほど有り難いものか身にしみています。

日本のように水道の蛇口を開くと、飲めるような国はそんなに多くはありません。各水道局の人は、そのまま飲んでも何ら問題がないように、浄化に努力をしている、と言っています。

それでも、ミネラルウォーターを買って飲んでいる人が多いのですから、その必要性を疑います。

2009年3月13日 (金)

人づくりモノづくり

NO-188

存在力 (10)

無意識に使うエネルギーを自覚しよう (2)

空気を排気ガスで汚し、水を生活水で汚しています。大量の二酸化炭素は、地球と太陽の間に幕をつくり、太陽熱や光を遮ります。人間にとって大切なものを、人間が壊しているのです。

日常生活に戻って、それらのエネルギーの利用を考えてみましょう。太陽の熱や光、空気や水がなくなれば、人間はすぐに死んでしまいます。

太陽や空気に比べて水は生活に直結しているため、短期間で人体に影響します。水がなければ三日も我慢ができません。

海や山で遭難しても、水さえあれば、数日は生きていられますが、水がなければだめです。2、007年に起きた新潟県の中越沖地震でも、被災者が最初に求めていたのは水です。

被災者は苦労して得た水は大切に使うでしょう。ミネラルウオーターでなければだめだ、と言う人は一人もいないと思います。

日頃から水を大切に使いたいものです。

2009年3月12日 (木)

人づくりモノづくり

NO-187

存在力 (9)

無意識に使うエネルギーを自覚しよう (1)

人間がエネルギーを吸収できるのは、動物や植物だけではありません。動物や植物は強いものが弱いものを犠牲にしてエネルギーを吸収しています。

しかし、あって当たり前のように思っている空気や水、そして太陽の熱や光も、どれが欠けても人間は生きていけません。

これらは人間に与えてくれる存在ですが、エネルギーになるのです。そのため大切に扱わなければなりません。その大切な空気や水、そして太陽に、最も大きな影響を与えているのが人間なのです。

2007年の先進7カ国のサミットも、中心テーマが地球温暖化の問題です。アメリカのゴア元副大統領は、地球温暖化問題の対応の必要性を訴えて、ノーベル平和賞を受けています。

今になって人間は、空気や水や太陽の大切さに気がつきだしたのです。今からでも人間は真剣にエネルギーについて考えたいものです。

2009年3月11日 (水)

人づくりモノづくり

NO-186

存在力 (8)

生きた物を犠牲にして生きてイル(3)

今朝はインターネットが繋がらなかったため、投稿が午後になり、スミマセンでした。

生物は多くのエネルギーを必要として生きています。最も多くのエネルギーを吸収しているのは、世界で約66億4千万人もいる人間です。

毎日の食事で食べたものは、動物も植物もすべて生きていたものです。その生き物を犠牲にして、それを食べて生きている人間は、一番残酷な動物だと思います。

「「恩を返す生き方をしてみよう」の所で詳しく述べますが、犠牲になってくれた生き物に感謝しなければなりません。

毎日の食事で出てくる野菜も、畑で生き生きしていたものです。開きにされ乾燥された魚のアジも元気に海で泳いでいたものです。どれも生きものとして感じないで食べているのです。

日本人は食事の最初に「いただきます」と言います。それは生きていた動物や植物に「いただきます」といいます。それは生きていた動物や植物の「命をいただきます」と言って感謝しているのです。

私は、たくさんの会社の幹部や一般社員、新入社員に、この話をすれば、感想の多くは「勉強になった」と言われています。

自分が生かされているということが、再認識できると思います。

2009年3月10日 (火)

人づくりモノづくり

NO-185

存在力 (7)

生き物を犠牲にして生きてイル (2)

昔から鯨を食べてきた日本人は、捕鯨が禁止され、試験捕獲された鯨しか食べられなくなりました。昔は霜降りになった肉を生で食べられるくらい新鮮でしたが、現在売られているのは黒ずんで、腐る一歩手前のような肉しか手に入りません。

捕鯨に反対している国の人々は、理由の一つに、おとなしい鯨を殺すのはかわいそうだということです。

その人たちは同じおとなしい牛を肉食として、大量に殺して食べています。

おとなしくて殺すとかわいそうだという鯨は、大きな口を開けて何千、何万匹と言う魚群を一気に飲み込みます。鯨に飲み込まれた大量の小魚もかわいそうです。

象も同じでおとなしいですが、象が食べる植物は大変多い量です。その植物も生きているのですが、象はそれをエネルギーにして、生きているのです。

全ての生き物は、他の生き物を食べたり食べられたりしてエネルギーを確保して生きています。

2009年3月 9日 (月)

人づくりモノづくり

NO-184

存在力 (6)

生き物を犠牲にして生きている (1)

この世の中で生命を持っているものは、どんなに小さいものでも、宇宙のエネルギーを吸収して生きています。

宇宙のエネルギーは大きいものでは、太陽の熱や光、そして空気や水です。そのどれが欠けても生物は生きていくことができません。

道端の小さな草や小川にいるメダカのような小さな魚も、宇宙のエネルギーを吸収して生きているのです。

樹齢何百年という大木や象や鯨のような大きな動物は、草やメダカよりも多くのエネルギーを吸収していることになります。

私のような70歳を超える者の子供のころは、鯨をよく食べてものです。ステーキにしたり鍋料理に入れて美味しく食べました。

最近スーパーなどで鯨肉を見かけると懐かしくて、高価でも買って食べたくなってしまいます。

2009年3月 8日 (日)

人づくりモノづくり

NO-183

存在力 (5)

なぜ生きてイルのだろう (4)

心臓の動きが受け継がれている ④

私たちの心臓を親から親へと1億年もさかのぼると、目に見えない素粒子へ進み、宇宙を形作っていきます。

原子は1個の「原子核」と、その周りを高速で回転している「電子」という微粒子からできているのだそうです。

原子の大きさは、あまりにも小さくて想像もつきません。原子核の大きさをテニスボールに置き換えますと、人間の身長は15億キロメーターで地球を1万個並べた高さになるのです。

これらがすべて、私たち人間の祖先なのだということです。このようなことは日頃考えない問題ですが、それを再認識することによって、自分の存在を改めて見直すことができるのです。

自分が現在生きてイルと言うことは、サルやサカナやアメーバ、そして電子や原子と繋がっていると認識しなければなりません。

これらが認識されて、自分の生きてイルという存在を、考えなおすことができるのです。

2009年3月 7日 (土)

人づくりモノづくり

NO-182

存在力 (4)

なぜ生きてイルのだろう (3)

心臓の動きが受け継がれている ③

心臓の動きが親から子へ子から孫えと1,200年(平安時代)受け継がれると、間接親は約1兆1千億人になるということです。

それが1億年もさかのぼった時の間接親は一体どのような親になっているのでしょうか。

猿やチンバージやゴリラのようなものだ、という想像ができます。それらは1億年もさかのぼる必要はなく、もっと近年でしょう。

1億年もさかのぼった場合では、陸にいるだけでなく、空を飛ぶ鳥や、海の中にいるサカナの心臓につながっているかもしれないのです。自分の心臓はサカナの心臓につながっているのだと思うと考え方も変わってきます。

サカナやトリはまだ身近ですが、目に見えないアメーバから原子や電子、そして素粒子へと進み、やがて宇宙にまで私たちの心臓は進むでしょう。

私たちの心臓は宇宙を飛んでいるかもしれないのです。このように考えると、日常の出来事で悩んでいることの考え方も変わってきます。

2009年3月 6日 (金)

人づくりモノづくり

NO-181

存在力 (3)

なぜ生きてイルのだろう (2)

心臓の動きが受け継がれている (2) 

私の心臓が動いているのは、生まれた時からであるが、それは母親から受け継いでいます。

もしも私が生まれる時に、母親の心臓が止まっていれば、私は生まれていないでしょう。母親の心臓が動いていたから、私の心臓も動いてくれたのです。

それでは母の心臓も生まれる時に動いていたとすれば、母の母、すなわち私の祖母の心臓も、母を生む時に動いていた事になります。

母から母にさかのぼると、10世代前の江戸時代(約300年前)では、1,000名を超える間接親となる父母がいたことになり、心臓の動きを受け継いでいるわけです。

40世代前の平安時代前の初め(約1,300年前)までさかのぼると、約1兆1千億人の間接親となる父母がいたのですが、みな心臓の動きを受け継いできた先祖です。

私たちは2から3代前の親しか知らないのですが、このような多数の間接親がいたことを考えると、自分が現在生きていることの意味は大きいものとなります。

2009年3月 5日 (木)

人づくりモノづくり

NO-170

存在力 (2)

なぜ生きてイルのだろう (1)

心臓の動きが受け継がれている ①

自分の存在を自覚できるようになるには、先ず自分と言うものを知らなければいけません。すなわち自分は一体何者なのかを考えてみることです。

朝、目を覚ますと「アア、今日も生きてイル」と時々思うことがあります。それは70歳を過ぎてからだったと思います。

それまでそのようなことを思ったこともなかったのですが、有名人が亡くなられたニュースを見て、お歳を見ると私よりも若い人がたくさんおられます。

先日もテレビで心筋梗塞や脳腫瘍の手術の放送をみましたので、その翌日は、いつもよりも生きている、という感じが強かったように思います。

生きているということは、心臓が動いているということです。私の父は脳溢血で倒れ、全く意識がなくなって、一切話しが出来なくなっても、5日間ほど、生きていました。それは心臓が動いていたためです。

私の心臓も、この世に誕生した赤ん坊のときから、現在の73歳まで少しの休みもなく動いているのです。だから私が生きているのです。

2009年3月 4日 (水)

人づくりモノづくり

NO-179

存在力 (1)

存在力の自覚

自分が所属している職場や家庭そして学校、サークルに於いて、自分の存在は他からも認められているのだろうか、、それを自覚することが大切でしょう。

日頃の忙しさに追われ、自分の存在について、考えることも少ないのが実情ではないでしょうか?

職場で課長職であるとすれば、課長としての役割を果たし、上司から信頼され部下から尊敬されているでしょうか。

家庭であれば、父親としての役割が果たされているでしょうか。戸主としての社会的な責任や家内では夫として父親として、家族から信頼され家族を愛し愛されて、存在しているのでしょうか。

学校においては、学生として、学生らしく勉学に励み、心身を鍛えるという、学生の役割を果たして存在しているでしょうか。

刺身(3-4-3の)法則と言われるものがあります。それは存在を必要とされる人が、30%で、居ても居なくても良い人が40%、居ないほうが良いと思われる人が、30%だということです。

自分の存在は、必要とされる30%に入っていなければならないのですが、どうでしょうか。自分の存在はどの部位に入っているのでしょうか。

2009年3月 3日 (火)

人づくりモノづくり

NO-178

話す力 (30)

活かす言葉と殺す言葉 (7)

殺す言葉は「止め言葉」 ④

言葉を使わずに、言葉以上に効果を出すのは「パントマイム」です。動作だけで言葉を使うより、説得力がある表現をします。

また聾唖の方が、手話で話しておられるのをみますと、そこには殺し言葉はないと思います。

話しが出来る人が殺し言葉を使うよりも、言葉のないパントマイムや聾唖者には多くのことが学べるように思います。

以前に私が経営している会社で、多数の聾唖者を採用して、当時の労働大臣から表彰を受けましたが、従業員の温かい思いやりが言葉が通じなくても伝わったのです。

30回に亘って「話す力」を投稿しました。皆さんも参考にされ、ぜひ話し上手になっていただきたいと思います。

明日からは「存在力」について書いていきたいと思います。引き続いてアクセスをお願いいたします。

2009年3月 2日 (月)

人づくりモノづくり

NO-177

話す力 (29)

活かす言葉と殺す言葉 (6)

殺す言葉は「止め言葉」 ③

背の低い人が「チビ」と言われると、それは努力をしても、背を伸ばすことができない問題です。

自分が一番よく知っていて、そのコンプレックスを克服する努力をしているものですから、それを欠点として指摘するのは、最大の殺し言葉となってしまいます。

褒め言葉は温かい言葉が必要であると書きましたが、「止め言葉」は、その逆で冷たく刃で刺すような言葉は、殺す言葉となってしまいます。

同じ言葉でも発声の抑揚によって、相手に与える影響は変わります。「ハイ」という言葉も、語尾を下げると「ハイ、わかりました」となりますが、「ハイ」と語尾を上げますと、「もう一度言って」と言うように変わります。

「止め言葉」を使わざるを得ない時は。発声をやわらげて、厳しくしない心使いが欲しいものです。

2009年3月 1日 (日)

人づくりモノづくり

NO-176

話す力 (28)

活かす言葉と殺す言葉 (5)

殺す言葉は「止め言葉」 ②

「止め言葉」は人を殺してしまいます。

親も、知らないうちにたくさんの「止め言葉」を使って、子供の成長を止めてしまっている場合が多いのです。

成績や学歴以上に、この本の内容の、思想を高めることを教える方が、将来は大きい力になることを、理解しなければなりません。

人前で相手のプライドやコンプレックスを傷付ける言葉も、殺す言葉になります。話した人は軽い気持ちで言った言葉であっても、プライドやコンプレックスをもっている人には、耐えられない苦しみを味わうことになります。

特に持って生まれた容姿の問題で、本人がいくら努力をしても治せないことを言われると、傷は大きいものです。

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »